•オーストラリアのデブリンとバッカスは双子のような仲 •同じ誕生日の2人はスポーツの祭典でメダル獲得に挑む •13年ぶり出場のオーストラリアは初戦で強豪アルゼンチンと対戦 キャメロン・デブリンとキアヌ・バッカスが初めて出会ったのは、10代半ばの時だった。ともに、ウェスタン・シドニー・ワンダラーズのユースチームの選手として、同じピッチでサッカー人生をスタートさせた。ピッチ上では中盤のパートナーとして、瞬く間に見事なまでの“化学反応”を起こした。また、ひとたびピッチを離れればすぐに互いを親友と認めるまでになっていく。さらに、2人の生年月日は1998年6月7日である。
ユースでは当時から期待される若手だったが、将来の成功の確約はなかった。だが、あれから10年近くの時が流れ、オリンピックという最高の舞台に立つ。オーストラリアが初戦で対戦するのは強豪アルゼンチン。13年ぶりのオリンピック本大会出場となる会場は、札幌ドームとなる。
シドニー郊外の草っぱらのようなグラウンドで練習をしていた当時と比べると、現在の環境は雲泥の差である。とはいえ、当時彼らを指導していたのはトレバー・モーガン。現U-17のコーチを務める、オーストラリア随一のタレント育成エキスパートだった。
デブリンはFIFA.comのインタビューにて「ワンタラーズ時代はキアヌと中盤で一緒にプレーしていて、本当に仲が良かったです」と振り返る。取材は代表チームの宿舎のある北海道で行われた。その最中も、デブリンとバッカスは隣同士に座り、とても楽しそうにしていた。
デブリンは続ける。「オリンピック代表に同時に入ってプレーできるなんて、まさに夢みたいでした。Aリーグでは敵チーム同士でプレーしているけど、あれも本当に楽しいです。お互いを挑発するようなプレーも少しあるけど、楽しんでいます」
「ワンダラーズでキアヌが私より先にトップチームに昇格した際には、彼に追いつくために、私はクラブを出なくてはなりませんでした」。
もともとは、オリンピック代表のメンバー人数のうちフィールドプレーヤーは16人だった。これは高いハードルだったと言える。デブリンは、元々は予備登録の一人だったが、その後、登録者数の拡大が決定。22人の本大会メンバーに食い込んでいる。
「二人ともメンバー入りを目指していました。ある意味ライバルだけど、そうは考えていませんでした。互いにベストを目指して、2人ともお互いを助け合う関係です。気の合う友人と一緒に互いを助けながらチャレンジするから、気持ちは楽でした」
南アフリカ出身のバッカスは東京2020直後に行うことを決めている。タトゥー好きな彼は、オリンピックでおなじみの5つのリングのタトゥーを入れてもらいたいという。バッカスは「“オリンピアン”なんて……本当に最高です。まるで夢を見ているようです」という。
2人は常にエネルギー全開。すべての出来事に対して、明るい声で前向きにこなしていくタイプだ。オリンピックも同様にポジティブにチャレンジするだろう。オリンピック予選と本大会の間には長いギャップがあったために、コンディション作りなどで、困難も出てくるだろう。とはいえ、バッカスはこう語る。
「より多くの時間を得られれば、より成長できる余地が大きくなります。試合にも出られていい選手に成長できます。この期間中に色々なことが起きる可能性は、もちろんありました。でも、最終的にはオリンピックが開催されると信じていました」
グループの組み合わせを見れば、スペインとアルゼンチンという強豪2か国と同組であり、厳しい状況にある。ただ、グラハム・アーノルド監督はこのグループを「夢の組」と呼ぶ。ポジティブで楽観的なメンタリティーはオーストラリア流である。はチームメイトたちの仲も非常に良く、素晴らしいチームワークが最大の強みだ。
バッカスは言う。「(1年半前の最終予選の舞台となった)タイを離れていないみたいな感覚です。家族みたいな雰囲気で、みんながお互いをよく理解している。初戦ではそれをピッチの上でお見せできると思います」
今後デブリンとバッカスに何が起ころうが、2人はオリンピアンになったことは間違いない事実である。
デブリンはインタビューをこう締めくくった。「正直言って、いまだに信じられないです。チームの誰もがこの4、5年にわたって夢見てきたことでしたから。自国の代表として、毎朝このシャツを身に着けるのは本当に特別なことですし、感謝の気持ちでいっぱいです」
「幼いころからオリンピアンになれたら『どれだけ格好いいんだ』と思っていました。いまこうしてその一員になったのですが、いまだ実感が沸いてきません。初戦が始まったら、落ち着くかもしれませんが。いずれにせよ、オリンピック代表に選ばれて最高の気分です!」
